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浜松城周辺で家康公ゆかりの地を歩く・家康の散歩道(城内・城下ルート)前編

2022.11.08

浜松は、2023年大河ドラマ『どうする家康』(NHK)の主人公・徳川家康公が、青壮年期の17年間を過ごした土地。そのため浜松城の周辺には家康公ゆかりの地が点在しています。

 

そのゆかりの地を訪ね歩けるのが「家康の散歩道」です。散歩道は「合戦ルート」と「城内・城下ルート」の2ルート。

今回は「城内・城下ルート」の約半分、浜松城から東側をご案内します。リーフレット片手に、いざ出発!

 

「家康の散歩道」web版リーフレットです(別のウインドウが開きます)▼

家康の散歩道リーフレット(web版)

 

スタートは浜松城

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戦国乱世に終わりを告げ、265年にわたる泰平の世を築いた徳川家康公は、27歳から45歳までの17年間を浜松で過ごしました。浜松城周辺に家康公ゆかりの地が点在するのも頷けますね。

 

今回、訪ね歩くのは2ルートある「家康の散歩道」のうち、「城内・城下ルート」の前半部分。第2ポイントの元城町東照宮(引間城跡)から第6ポイントの遠江分器稲荷神社までです。
リーフレットによると、この部分の移動時間目安は約26分です。

 

「家康の散歩道」のスタート地点・浜松城から出発して、まずは元城町東照宮へ。

お城から元城町東照宮へは、市役所と元城小学校跡地との間を通り、国道152号線を経由する道と、浜松城公園と駐車場の間から国道152号線を経由する道があります。筆者は後者を選びました。 

 

第2ポイント・元城町東照宮(引間城跡)

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元城町東照宮への目印は石垣と「引間城趾」の石碑です。この建物角を東へ曲がり坂を上りましょう。

 

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角を曲がって少し坂を上ると、元城町東照宮の鳥居が左側に現れます。

1886(明治19)年に創建され、ご祭神は事代主命と大国主命、そして徳川家康公です。商売繁盛や縁結びに加え、出世運にご利益があるとされています。

 

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家康公が浜松へ入る前、このあたり一帯は「引間(ひくま / 引馬・曳馬とも)」と呼ばれ、今川系の武将・飯尾氏が引間城主でした。


その後、引間城を攻め落とした家康公は、ここから西南の場所へ浜松城を築城。そのためこの地は「古城」と呼ばれるようになったのです。

 

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参拝後は拝殿の東側に立つ二公像へ。

 

二公とは、徳川家康公と豊臣秀吉公のこと。そう、この土地は後の天下人2人にゆかりの地なんです。2人の間に立って記念撮影すれば、出世運がupする...かも!?

 

第3ポイント・椿姫観音

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元城町東照宮から椿姫観音までは約650メートル、徒歩8分ほど。交差点をジクザグと曲がりながら進みます。

 

上の写真は東照宮前の坂を下りた先にある交差点です。ここを左折します。この辺りの道路は古城の堀を利用しているので、歴史を感じながら散歩を楽しめますね。

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左折後は60メートルあまり先にある交差点を右折しましょう。
交差点の目印は、右斜め前に建つ白い外観の浜松市元目分庁舎です。戦国時代には「玄黙」とも書かれた場所で、浜松城への入り口のひとつ「玄黙口」がありました。

 

玄黙口跡から先は、信号機のある交差点を左折⇒右折⇒左折(元浜町)⇒右折して北東へ進みます。右手に元浜町公民館が見えたら、椿姫観音はもうすぐ!

 

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椿姫観音に祀られているのは、引間城主・飯尾連龍いのおつらたつ乗龍のりたつ説あり)の妻・お田鶴たづの方です。


連龍の死後、引間城へ家康公が攻め込んだ際にお田鶴の方は侍女たちを率いて戦いました。けれど奮闘空しく落城。彼女の死を悼んだ家康公の正妻・築山殿が、塚に椿を植えたのが椿姫観音堂の始まりと云われています。

筆者は静かに手を合わせ浜松の平和を祈った後、観音堂内にあるベンチで少し休憩しました。 

 

第4ポイント・浜松八幡宮

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椿姫観音から浜松八幡宮へは、約400メートル徒歩5分。遠州鉄道(遠鉄)の高架橋をくぐり、最初の交差点(上の写真の場所)を左折⇒次の交差点を右折すると左側にあります。

 

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浜松八幡宮の創建は古く平安時代中頃。平安時代後期に活躍した武将・源義家(八幡太郎義家)も参拝し、戦勝を祈願しました。


境内は広く、周囲の喧騒から離れた雰囲気です。

 

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ご祭神は玉依比売命たまよりひめのみこと品陀和気命ほんだわけのみこと( 応神天皇)、息長足姫命おきながたらしひめのみこと(神功皇后)です。

八幡神とは品陀和気命のこと。武運、勝運の神として知られ、武将たちからの信仰篤い神様です。

 

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家康公ゆかりの「雲立のクス(雲立楠)」は拝殿の向かって右側手前に。

 

家康公が三方ヶ原の戦いで武田軍に敗れ、浜松城へ逃げ戻る途中、身を潜めたのがこの楠の幹の下部に空いている洞穴です。
その時に楠から雲が立ち上がり、白馬に乗った神霊が家康公を浜松城へ導いてくれたそう。これらの伝説から、この楠は「雲立のクス」と呼ばれるようになりました。

この洞穴は今でも見ることができるので、ぜひご覧くださいね。 

 

第5ポイント・徳川秀忠公誕生の井戸

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浜松八幡宮から徳川秀忠公誕生の井戸までは、約800メートル徒歩10分。距離は少しありますが、道順は簡単です。


というのは、誕生の井戸の場所が遠鉄の遠州病院駅近くだから。遠鉄の高架橋を目指し高架下まで来たら、後はそのまま南下するだけです。

高架下は緑道になっていて、ところどころにベンチがあります。

 

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誕生の井戸は浜松中央警察署新川交番のすぐ裏側。遠鉄の高架橋沿いです。交番の向かって左側から、ぐるりと回り込みましょう。

 

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江戸幕府2代将軍の徳川秀忠公は、家康公の3男として1579(天正7)年に誕生しました。彼は徳川将軍15代の中で、唯一の浜松生まれです。

 

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その産湯として用いられた井戸がこの場所に...と言いたいところですが、「二の丸の北側にあった井戸ではないか」とも云われ、場所の確定はきちんとされていません。

 

戦国の世に生を受けた男児の産湯の井戸は、この辺りにあったのか、それとも二の丸北側だったのか。あなたはどちらにあったと思いますか?

※この誕生の井戸は復元されたものです

 

第6ポイント・分器稲荷神社

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徳川秀忠公誕生の井戸から遠江分器稲荷神社までは、約200メートル徒歩3分。「家康の散歩道」前半部分の中では、最も移動距離が短い区間です。

 

伝承によると創建は戦国時代後期の1568(永禄11)年。ご祭神は商売繁盛にご利益があるとされる、穀物の神・倉稲魂命うかのみたまのみことです。

 

天下統一を果たした家康公が1604(慶長9)年に本殿の修造を命じ、その後、歴代の徳川将軍や浜松城主、諸大名などから崇敬を受けました。現在では、地元の氏神様として信仰を集めています。

 

なお、このあたりは当時の引間宿の南西端に位置していました。

 


「家康の散歩道」の「城内・城下ルート」前半部分は、ここまでです。お疲れさまでした。浜松城へ戻りましょう。

 

浜松城へ戻る前にプラスα

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遠江分器稲荷神社から浜松城までは、今回の前半部分で一番長く約950メートル徒歩13分。筆者は、リーフレットの地図に載っている家康公関連スポット2カ所へ立ち寄りながら戻ることにしました。

 

まず1カ所めは遠江分器稲荷神社脇にある「本多忠勝屋敷跡推定地」の碑です。
本多忠勝は徳川四天王のひとり。天下三名槍の1振・蜻蛉切とんぼきりを愛用し、戦場を駆け巡った勇猛果敢な武将です。

 

ここから浜松城までは1キロ足らず。城でなにか起こっても、馬を飛ばせばすぐ! ですね。

 

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2カ所めは本多忠勝の屋敷推定地から北西へ約500メートル徒歩6分のところにある、「松下之綱ゆきつな屋敷推定地」の碑です。

 

浜松市南区にあった頭陀寺城ずだじじょうの城主・松下之綱は主君を数回変えていて、家康公に仕える前の主君は今川氏でした。

 

少年時代の豊臣秀吉公は、之綱が今川氏を主君としていた頃に出会い、彼に連れられて引間城を訪問。その後、之綱のもとで武家奉公しました。
元城町東照宮に少年時代の秀吉公の像(二公像の向かって右側)が建てられたのは、このような経緯からです。

 

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リーフレットには特に記載されていませんが、この斜め先にもう1カ所、当時の面影が残る地形があります。それが上の写真の場所・下垂口(霜垂口)です。

 

このクランクは「食い違い」と呼ばれ、戦国時代の城下町に見られる道路の作りです。

道路を普通に交差させてしまうと、城までは一直線。それよりも、このように曲げた方が敵の侵入を阻止できるため、各地の城下町に作られました。
浜松城下では、唯一現存する防御上の遺構です。 

 

 

「家康の散歩道」の「城内・城下ルート」前半部分は、各スポットでの見学時間を入れても半日あれば回れる内容です。
『どうする家康』の予習を兼ねて、ぶらりと歴史散歩を!

 

 

(文・写真:麻生のりこ) 

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