施設スポット検索

浜松・浜名湖観光情報サイト ホーム > 施設スポット検索 > 大平城跡

  • 大平城跡 ( おいだいらじょうあと )

    南北朝時代の井伊家の堅牢な支城。陥落し、遠江の南朝方の抵抗は終わる

    大平城は、都田川の支流、灰木川の中流域の北側の丘陵上に築かれた山城。南北朝時代、南朝に味方し、三岳城を本城として戦った井伊家の支城の中では、東の拠点となったこの大平城が最も堅牢でした。
    後醍醐天皇の皇子、宗良親王を迎えた井伊道政ら遠江の南朝勢が、足利尊氏の命を受けた高師兼らが率いる北朝軍を迎え討った戦いは、延元4年(1339年)から興国元年(1340年)にかけて繰り広げられました。
    北朝軍は、高氏の軍が大平城に侵攻。そして、高尾張守泰兼の軍が南の鴨江城を攻めかかりこれを落すと、西の砦、千頭峯城を攻撃しました。
    次いで宗良親王と井伊道政らが籠城した三岳城も落ちると、北朝の猛攻にも耐え、持ちこたえていた大平城に逃げ、立て籠もりました。
    しかし、高氏と遠江国守護職、仁木義長の軍により、約8カ月後に落城。大平城も、歴史の上から姿を消しました。
    現在、登城口のそばに駐車場があり、階段の脇に城址碑があります。階段を登るとすぐに、このあたりの慰霊のために大正時代につくられた『五体神社』があります。城跡には、尾根の掘切跡などが、比較的はっきりと残っています。

    アクセス (バス不可) 天竜浜名湖鉄道「フルーツパーク駅」より車で約5分(所要時間目安)
    電話番号 053-452-1634(浜松市観光インフォメーションセンター)
    所在地 浜松市浜北区大平字城山
    駐車場 なし
    バス駐車場 なし