Home > 体験レポート >万葉の森公園で万葉時代を体験する
浜北に、『万葉の森』という公園がある。いかなる公園かというと、読んで字の通り、万葉の世界を楽しむことができる公園である。万葉と言ったって『万葉集』しか知らない、と言うそこのあなた。万葉の世界とは、まさにその万葉集の世界なのである。では、その万葉集の世界はいかなるものかというと、これはもう行ってみないとわからないということで、だいすき隊が突撃したわけなのであった。秋の1日、清々しい緑の公園で1200年前の暮しに身を置けば、現代のマタリアルワールドの貧しさが、身に沁みるのでありました。
門をくぐると、そこは万葉の世界である
万葉食をいただく万葉亭
『万葉集』とは、7世紀後半から8世紀後半頃にかけて編まれた、日本に現存する最古の歌集。天皇、貴族から下級官人、防人など様々な身分の人間が詠んだ短歌や長歌を4500首以上をおさめた、まさに「万の言の葉」の集。庶民も含めた当時の人々の暮らしぶりがわかる、貴重で偉大な文化遺産である。
で、その貴重で偉大な文化遺産と浜松と、何の関係があるかというと、その万葉集のなかに浜北ゆかりの歌が4首あるのだ。
また、万葉集の歌のなかで植物を詠んだ歌は3分の1を超え、登場する花木や野草は160種。万葉の森公園は、それらにちなみ、諸説に基づく万葉集に登場する植物、すなわち万葉植物300種5000本を中心に森をつくり、万葉文学、万葉文化を体験的に親しむことができる施設として誕生したのである。
爽やかな秋晴れに包まれた万葉の森は、静かである。静謐でさえある空気を震わせるのは、小鳥たちのさえずりだけ。清々しさに、思わず深呼吸をするだいすき隊。この日、万葉の世界に遊ぶのは、新入団のN隊員とS隊員の美女二人。2人ともバリバリのキャリアウーマンだけに、日頃の仕事のストレスを、おいしい空気と入れ換えようと、過呼吸にならんばかりの勢いで呼吸を繰り返している。
散策をしながら、ひとつひとつに表札が立てられた万葉植物を観察して歩くのも楽しい。公園に入ると自由な小さな庭園があり、芝の上でお弁当ランチを広げるのもよさそう。
だが、今日のメインイベントは、別のところでのランチである。庭が見渡せる食堂『万葉亭』で、万葉集が編まれた頃、すなわち奈良時代から平安時代の人々の食事を再現した『万葉食』をいただくのだ。
月草の会の方がていねいに料理をしてくださいます
いったい、どんなメニューが出てくるのだろうか。
興味津々で万葉亭を訪ねると、運営を担当している地元有志の『月草の会』の方が台所へと案内してくれ、万葉食が出来上がる過程をみせてくださった。
「これはね、ウズラの卵を湯せんにかけているところですよ。お吸い物に使います。」ボールのなかをのぞくと、小さな卵がお湯のなかでゆっくりと固まっていっている。そのゆるやかさが、万葉な感じである。
隣のザルの上には、葉っぱが4種類。「この大きいのはフユアオイ。アオイのなかで唯一食べられるアオイです。こちらはヨメナ。春の若菜摘みの代表的なもので、万葉の歌にも出てきます。小さな菊のような可憐な花をつけるんですよ。そしてこれはヤマガラシです。万葉の時代に天ぷらはなかったんですけど、今日はこれを天プラで召し上がっていただきます。フユアオイは、おひたしにもしますよ」。
葉っぱの天ぷら。どんな味がするんだろうか。
中華鍋の油の中で穏やかにたゆたっているのは、小麦粉をねってほんのわずか砂糖を加え、「奈良にある日本最古の大宮神社に奉納するしめ縄の形」にしてて揚げる『唐菓子』という菓子。揚げてるといっても、音もせずあぶくもたたず、ただ油につかっているという風情。「熱い油だと表面がきたなくなるけど、ゆっくり揚げるとツルっときれいになるのだそうだ。
万端の準備のせいもあるだろうが、万葉食は、全体的につくる過程に慌ただしさがない。それだけで古の時の流れのゆるやかさが感じられる。
お吸い物に使うウズラは湯せんにかけてゆっくりかためる
天ぷらにしていただくフユアオイなどの葉
ドングリは煎っていただきます
と、突然賑やかな音が。フライパンの上でカラコロとかわいらしい音をたてているのはなんとドングリ。
「カヤの実などは1週間くらいかけて灰汁抜きをしないと食べられないけど、ドングリはアクを抜かなくてもこうして煎るだけで食べられるんですよ」。 昭和33年生まれの『三丁目の夕日』世代の私は、シイの実がおいしいのは知っているが、ドングリは食べたことがない。見慣れた形のドングリの正式名称は『マテバシイ』で、待てばシイのようにおいしくなるからという説があるそうだ。ちなみに、ドングリという愛称は、クリのようにはおいしくない、鈍なクリの意である。パチン。煎ること7〜8分。木の実は油分が多いため、表面がテカテカとしてきたドングリがはぜて縦に裂け目が入れば、出来上がり。「ひとつ食べてみてください」。すすめられてツマミ食いする。
初めて食べるドングリは、なんだかぼやけた味だ。さつまいもというか、まずい栗というか・・。甘さはなく、おいしいとはいえない。だが、万葉の人々にとって、ドングリは貴重な栄養源だったのである。
スタッフが近くの公園で拾ってきたこのドングリをはじめ、ここで供されるものはすべて地元産。酢の物に使われるジュンサイは、引佐の山の中腹の池に自生するものを、スタッフがゴムボートを出して手摘みしてくるという。
料理のレシピは、一般市民の応募で集まった月草の会のメンバーが、ときには奈良に出かけ、万葉集やその他の文献や木管などの歴史資料を勉強して再現しているが、それだけではなく、素材を調達するところから当時のやり方を再現しているのだ。
これがドングリの実。サツマイモみたい
ドングリなどの木の実は万葉人の貴重な栄養源
「もうすぐできますからね。あちらで待っていてください」。促されて木造りの食堂に行くと、“天女”が二人いるではないか。よくよく見ると、万葉衣装に着替えたS隊員とN隊員。万葉公園では、当時の衣装の貸し出しと着付けもしてくれるのだ。
「すっかり万葉人の気分ですわ」。言葉使いも雅びやかである。
中国の絵巻ものから抜け出してきたようなだいすき隊の前に、万葉食が運ばれてきた。いただくのは、『秋季の貴族の万葉食』の膳、1500円。
『松浦川、川の瀬光り年魚釣ると たたせる妹が装の袖濡れぬ』
万葉集第5巻に収められている大伴旅人の歌にちなんだ料理である。
天女が二人
これが万葉食。お品書きもついています。箸は天竜杉の間伐材
まずは、お茶。少し茶色がかった液体をひと口いただくと、中国茶のような独特の風味が口にひろがった。これは、『碁石茶』という日本最古のお茶。天日に干すさまが碁盤のように見えることからこの名がある中国で『たん茶』と呼ばれる乳酸発酵茶で、万葉の時代に日本に伝わった製法が四国に残っており、それを勉強しに行って、茶葉の栽培(葉は緑茶と同じもの)から蒸して藁にくるんで発酵させ、天日に干して仕上げるまでのすべての工程を、月草の会で手作りしているそう。「日本全国このお茶を飲めるのはここだけ。月草の会しか作っていないお茶です」という言葉が、味わいを深める。
いただきます
日本最古のお茶『碁石茶』。左は茶葉
ご飯は古代米の赤米
これが炊く前の赤米です
1200年前のお茶をいただいたあと、ご飯をひと口。ご飯は、赤飯の元祖となった『赤米』。古代米とも呼ばれる万葉の人々が食べていたお米である。「なんかあっさりしているけど、奥深いね」とS隊員が言う風味は、かめば噛むほど豊かになる。
大根の煮物と、昔は『にぎめ』と呼んだヒジキは、予想とまったく異なる味がした。甘辛味と思ったが、万葉時代には砂糖などない。あったとしても金のごとき貴重品。『大根のクキ煮』は、味噌っぽい味。ヒジキは酢の物だ。
クキとは浜納豆のこと。で、手作りの浜納豆だけで煮揚げた大根は、発酵風味がおいしい。
フユアオイのおひたしは、わずかなぬめり感がある。このフユアオイ、成分はモロヘイヤとほぼ同じだそうだ。
同じフユアオイでも、天プラにすると、まったく食感は変わる。パリパリとしておいしい。ヤブカラシやイタドリ、ヨメナやチチという銀杏の葉も、たかが葉っぱなのに侮れない。
漬け物はカブと『ノビル』。その上に、浜北の八重桜を使った塩漬けが乗っている。そういえ、子供の頃、土手でノビル摘みをしたっけ。甘酸っぱい郷愁が胸に広がった。
魚料理は季節で変わり、春はタイ、夏はウナギ、そして秋はアユとなる。アユ釣の川として万葉集に登場する松浦川は九州にあるが、ここでは気田川の天然物を出している。調理は手間隙かかっていて、炭火で焼きアユにしたものを水で戻して、醤油の原型である『醤(ヒシオ)という発酵調味料でコトコト煮揚げたものだ。「この調理法も記録に残っていたものの通りにしてるんですよ。一度焼きアユにしたのは、おそらく昔はすぐに焼いて保存食にしたんだからだと思いますねえ」。
大根のくき煮。おいしい
葉っぱの天ぷらも美味
唐菓子もゆっくりと揚げます
手間隙かかっているといえば、『蘇』である。
アユを乗せた熊笹同様、抗菌作用があるという柿の葉を皿にして盛られた菓子類。スタッフの畑で収穫するという『和グルミ』や、N隊員が「ピーナッツみたい」と気に入った『カヤの実』、菱餅の語源となったヒシの実やドングリなどの木菓子。S隊員が「これ、学校給食に出たことある!」と再会に感動した『唐菓子』に囲まれて、ひと際目立つ白い小さな立法体。それが蘇である。
なんだかわからずにおそるおそるかじってみると、たちまち広がるミルキーな風味。甘くはないが、ママの味だ。S隊員もN隊員も私も「これ、おいし〜」と驚く。
「これはね、牛乳を煮詰めたものなんですよ。1リットルの牛乳をここまでするのにだいたい3時間くらい。焦がさぬように、膜がはらないように、細火でただひたすら煮るんです。庶民は牛乳を飲んだという記録はないので、これは貴族だけが食べたものでしょう。朝廷に運ぶために、やはりこういう保存食にしたのではないでしょうか」。
牛乳の他何も加えていないので、つくるたびに味がかわるという蘇は、日本のチーズともいわれている。
柿の葉の菓子皿。白いのが『蘇』
素材はすべて地元で調達。この和グルミもスタッフの方の畑で収穫
糟湯酒は甘酒みたい
最後に、地元浜北の酒造花の舞の酒粕を湯でとき、生姜と砂糖で甘酒にアレンジした『湯粕湯酒』をいただいて、ごちそうさま。
「素材そのものの味が楽しめますね。煮物なんかこの味の方がいいくらい。砂糖がなくても、おいしく食べれるんですね」とN隊員。「味が薄いし、私のような年齢には、とくに健康によさそう」とS隊員。今日の膳は全部で490キロカロリーだそうだ。
「蘇なんて、本当に贅沢な料理だっただろうね。たぶん、当時の貴族が正月に食べるくらいの料理なんだろうね」とS隊員。それほどの贅沢料理で490キロカロリー。では庶民が摂取していたカロリーはどんだけ〜?という感じである。万葉亭には、『庶民の万葉食』(600円)もあり、こちらは雑穀、雑魚が中心。人間は非常に長い間、こういう食事をしてきたわけで、体は、こういう食事にフィットする仕組みに出来上がっている。現代にメタボリックシンドロームなるものが横行するわけである。
豪華なわけではもちろんないが、万葉の贅沢料理は、たしかに贅沢だった。 それは、まずは手間隙という、現代では最も贅沢なものが、これ以上は無理というほどかかっているからだろう。
ごちそうさまでした
「ここで料理するだけが料理ではないんです。素材からなにから、すべて自分たちで一から調達しているので、調理の前の段階にすごく時間がかかっているんですよ。ここでしか食べられないものをお出ししているという思いはありますよ」とスタッフの方。
料理技術もさることながら、我々に料理を説明する熱心な口調からもほとばしるその万葉食にかける思い、素材ひとつひとつに対する愛情がなければ、古代の質素な料理は、このように味わい豊かなものにならないはず。 万葉の森公園の万葉食は、贅沢でヘルシーな究極のスローフードなのだった。
散策道を通って体験場へ
『わが妻は、いたく恋ひらし 飲む水に 影さへ見えて 世に忘られず』とは、 浜北で詠まれた歌のひとつである。作者はあら玉郡に住んだ若倭部身麻呂(わかやまとべのむまろ)という人。“私の妻はひどく私を恋い慕っているらしい。飲む水にさえ妻の面影が写ってきて、どうしても忘れることかできない”という意だ。
自分が慕ってるんだろうに、妻が私を慕うあまりに出てきちゃう、という想い方がいとおかし。趣があって、私は好きだ。しかし、1200年前も歌のテーマは恋なのね。
頭ではそんなことを考えながら、お腹の中ではドングリを消化しながら、万葉植物に囲まれた散策道を進む。せっかく来たのだから、公園の奥にある体験場で、万葉草木染めに挑戦しようということになったのだ。
万葉植物のひとつひとつに名を記してあります
珍しい樹木もいっぱい
S隊員がプチスカーフ(体験料1000円)、N隊員がプチストール(同じく1500円)を染めることに決め、手袋をしてスタンバイ。素材は、真っ白な薄手のシルクで、使うのは『ラック』という赤い染料。ラックとは、貝殻虫のことで、古代インドですでに染料として使われていたもの。
「え?あの木にいっぱいくっついている小さな虫ですか」とS隊員。「虫も使うんですか」とN隊員も驚くが、虫も草木染めのうちなのだそうである。
スタッフの方が粉末状で売られているラックをお湯に入れて準備完了だが、万葉の人々は小さな虫をつかまえては潰し、染料を作ったわけだ。気の遠くなる作業である。
この白いシルクを草木染めします
手袋はめて『医龍』な気分
ラックをとかした染料
布をつけこむ
温泉みたいで気持ちいい。でも夏は辛そう
染めの手順はいたってシンプルだ。
「なんだか、あったかくて気持ちいい〜。温泉気分じゃ」「足湯ならぬ手湯?」隊員たちを恍惚とさせる加減の湯にラックをといた中に、シルクを広げいれてユラユラと揺らしては手繰り、手繰っては揺らして染料をしみ込ませること約10分。水洗いをしたら、今度は媒染液の中につける。
媒染とは、色素が布に吸収するのを良くしたり、発色効果を高めるために必要な工程。媒染の素材には、鉄やみょうばん、石灰などがあり、どの媒染を使うかで、同じラックの染料でも、発色の仕方が異なってくる。 S隊員は、石灰の媒染。N隊員はストールの縦半分を石灰、もう片側を鉄媒染することに決めてトライ。シルクをつけると、石灰の方は明るいパープルに、鉄はブルーグレーに発色した。
素早く水洗い
石灰で媒染すると鮮やかな紫に
もう半分は石灰媒染します

N隊員は半分ずつ。まずは鉄媒染。グレーになった
媒染したら、もう1度水洗いをして、シルクが傷まないように手の中に包み込み、押すようにして絞ってから、アイロンで乾かして出来上がり。
アイロンをかけるとまた色がかわります
アイロンで乾かします
出来上がったスカーフとストールを見て、お互いに「いいじゃん」「いいじゃん」と褒めあう2人。N隊員は、偶然にもこの日のシャツとナイスコーディネートなカラー。S隊員のリクエストにこたえ、“中尾”巻きにして喜んでいる。
この世にたったひとつのスカーフとストールをお土産が、万葉の森公園のお土産である。 考えれば、万葉の人々の服飾は、すべて手作りのこの世にたったひとつのものであっただろう。
それもまた、いまの世にはない贅沢さであろう。
中尾巻きもグッド
浜北にちなんだ万葉の歌の栞入りの袋に入れてくれました
| [ URL ] | http://www.hama-park.or.jp/kouen--itiran/kouen--itiran/manyo-mori/manyo-mori -kouen.htm |
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