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花屋さんの世界にも、花束やディスプレイなどのデザインを競う競技会があります。数ある大会のなかでも、日本生花通信配達協会(JFTD)が主催する『ジャパンカップ』は、日本最大規模、最高レベルを誇ります。世界大会『ワールドカップ』の日本代表にもつながるその競技会で、06、07年と連覇を果たした、浜松市鴨江の『花工房アクト』の中山佳巳さんが今月の元気人。日本のみならず、海外でも活躍するフラワーデザイナーです。
全国約1200人が参加するジャパンカップは、花に携わる人間にとって、最も権威ある憧れのカップ。1回優勝するだけでも非常に難しいのに、連覇となるとこれはもう至難の技。すべての移り変わりが激しいのがフラワーデザインの世界。15年前に一人連覇した人がいましたが、その頃よりも感性やテクニック、トレンドの変化のスピードがはるかに加速していることもあって、2度と連覇はできないだろうといわれる中での中山さんの快挙でした。しかし、『花工房アクト』のお店には、それをうたうものはありません。



偶然か、神様のいたずらか、たまたま今年も私がカップをいただきました。ジャパンカップは、甲子園より厳しいといわれる大会で、たしかに連覇はすごく難しいことだとは思います。でも、そういうことを自慢するのは、僕は嫌なんですよ。変な言い方ですけど、自分は「バカです」って言っているような気がしてしまうんですね。
ジャパンカップのような大会があることや、フラワーデザインの世界を、多くの人々に知ってもらうためには、告知することはいいことだと思うし、日本はタイトル主義ですから、ビジネスに利用したいという気持ちはよくわかる。でも、僕は一切できない。ダメですね、そういうのは。
ジャパンカップは、予選、セミファイナル、10人にしぼられるファイナルと審査が進み、そのなかで、花束、アレンジ、ディスプレイなどの技や感性を競います。中でも参加者が力を入れるのが、あらかじめ創作して出品する"持ち込み作品"。その制作に、1年の年月をかける人もいます。

産みの苦しみには、直面しますね。それは仕方がないです。前年の優勝者が、今年はセミファイナルにも残らなかったと言われるのは嫌ですから、そういうプレッシャーもありました。でも、もう一方で思っていたのは、自分ができることというのは、自分にはわかっているということ。無理をしても、自分に不釣り合いなものになる。そういうものは、絶対に人を感動させることはできない。だから、自分のペースでできることをするしかないと思いながら、今回は持ち込み作品をつくりました。それが一番よかったのかな、と思います。
自分にできることしかしないというのは、人真似はしないということでもあります。僕は絶対に人の真似はしたくない。自覚がなくても、強い印象を受けたものが自然に刷り込まれて、それが無意識に出てしまうこともあるから、注意もしないといけない。プライドもあるし、常に新しいと言われるものを作らないといけないと思っています。
中山さんは、現掛川市の大東町の出身で、実家は花農家。芸術大学でインテリアデザインを専攻し、インテリアや、電車の車両のデザインをてがけたのち、花の世界へ入りました。浜松の生花店につとめたあと、独立。TVのバラエティ番組でも有名な假屋崎省吾氏とは、生け花草月流の家元の指導をじきじきに得る"男子専科"で、ともに一期生でした。
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五感をふりしぼるというか、假屋崎の才能はすごいものがありましたよ。いまは時間的余裕がないかなと思いますけど、でも彼を安易に否定する人には、やれるものならやってくださいと、僕は言いたいですね。
浜松の花屋につとめながら学んだ草月流の男子専科で、彼とは同級生でしたけど、でも僕はそこに3カ月しかいなかったんですよ。理由?家元が手を叩くんです。教師が使うペンのような棒で、理由もいわずに。自分でダメだと思っているのなら受け入れられるけど、最高です、と思っているのに対して、理由も言われずにただバシッとやられるのは、異様に不快で不可解。それが続いたので、こんなところにいても仕方がないと思っちゃった(笑)。
花の世界に入ったのは、実家が花農家だからということではありません。いつの間にか、この業界に入ったという感じです。その前の仕事は、労働条件が悪いとかいうのではなく、その仕事自体が嫌だったらやめたんでしょうね。花屋も決して労働条件がいいとは言えないけれど、それでもやめずにいるというのは、心地がいいからだと思いますね。なんとなく花の世界に入ったのは、その心地よさをきっと自分でわかっていたんだと思いますよ。


花は、僕にとって仕事であると同時に、癒しでもあるんです。そもそも僕は、モノを創ることが好きで、別に花でなくてもいいんですが、いまは花を媒体にモノづくりをしていて、自然体でここまでやれている。それは、花のそばにいると、気持ちがいいからなんです。心地がいいから、この仕事をしているだけかもしれない。花が好きとか嫌いだとかいう次元ではなく、僕にとって、花がそばにいるということは、きっと当たり前のことなんですね。
人間に、必要不可欠なものって何でしょうか。衣食住、ですか?僕にしてみれば、花も必要不可欠なものです。地球が誕生して、海ができて、生命が誕生して、植物が繁り、光合成のおかげで酸素ができる。その恩恵で我々は生きていられるんですよね。緑は、根源的に必要不可欠なものでそういうものの中にいると、僕はすごくリラックスしていられます。
花は、飾っておくと、咲いている間ももちろん美しいですけど、枯れていっても、それなりの味が出ますよね。咲いて、少しずつしおれて枯れて、葉も茶色くなっていく。そこに時間の経過を感じることができるわけです。壁はずっと変わらず壁のまま。でも、花をそこに飾れば、そこに命の営みが生まれます。生きているということが感じられます。花はすべて、きれいに決まっています。人それぞれ嗜好はありますが、どんな花でも汚いと感じる人はいないでしょう。美しさだけではなく、それに加えて、花は、身近にある"命"なんです。命を感じられるものが生活のなかにあると、人は、非常に癒されるのではないでしょうか。
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ほとんどの日本人は、お見舞いやプレゼントのためにしか、花を買いませんよね。自分のために買って帰るという方は、とても少ない。浜松について言えば、花の生産地としてはベスト5に上るけど、需要はワースト3に入る。花の文化がないんです。だから、我々花屋は大変なんですよ(笑)。ちなみに、浜松は"花と緑の街"とうたっていますけど、どこが?と言いたい。街の緑生化もありきたりのことしかしていません。それより、たとえば雄踏街道の中央分離帯を何キロもずっとヒマワリやコスモスで埋めれば、みんな興味を持ちますよ。観光のスポットにもなるし、花の街のイメージもできると思うんですけどね。
僕は海外によく行っていますが、日本人は花を買わないということを、外国の方にしょっちゅう指摘されます。彼らは、「僕らはパンを一枚食べなくても、花一輪を買います」と言います。北欧にも知り合いがいますが、フィンランドなどは冬になると花がなくなります。寒いですからね。それで、オランダのアルスメアという世界一の花市場から仕入れてくるんですが、ガーベラ1本が1500円する。それでも彼らは、それを買って帰って飾るんです。
もう価値観が全然違うんですね。文化の相違だと言われればそれまでなんですけど、これは何なんだろうと思ってしまいますよ。日本には、生け花、盆栽という世界に認められている文化があるのに。なぜ、こうなってしまったのか、ちょっと僕にはわからない。フラワーアレンジという流行の世界が広がって、肩書ばかり増えていくけど、僕から言わせれば、それは文化になり得ない。続くわけがない。なぜなら、本当のことを教えていないから。だからと言って、僕が分身の術を使えるわけでもない。もどかしさは、ありますね。
中山さんはいま、ホテルやイベントのディスプレイなど、様々な場のフラワーデザインを手がけながら、日本全国のみならず、海外でもデモンストレーションや講習会を行っており、多忙な日々をおくっています。
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誰にも、社会に対する役割、責任というものがあると思います。社会貢献などと偉そうなことは言いませんが、自分ができる範囲のなかで、人に喜んでもらえることがあるなら、お金を儲けるとかいうこととは無関係に、やっていかなくてはならないのではないかと、5年ほど前に思ったんです。声がかかれば、伝えられることは自分が伝えていこうということで、講演会などをやっています。だから、今は店にいることは少なくなりましたね。
僕の店は、変わっているという方がいます。それは主観の違いで、僕にとってはこれが普通なんですけどね。みなさんがよく知っている花もあるけれど、そうではないものかあってもいいだろうというのが、僕の考え。ただ、以前はそういう花が市場にたくさんあったけれど、売れないのでつくる方も少なくなりました。珍しい花というのは本当に少ない。市場に行っても、同じ花ばかりセリにかかるので嫌になります。だから最近は長居をしたことがないんですよ(笑)。

たとえば、今店にある『タマゴナス』。ちょっと部屋に置いておくだけで、かわいいじゃないですか。でも、あまり売れない。要は使い方がわからないのかなと。そういうことを、微力ながらも伝えていくことが、自分の役割なのかなと思うんですよ。
みなさんに花を飾るときのアドバイスをするとしたら、ただ言いたいのは、大事にするということです。心得がなくても、それがあればうまく飾れます。茎だって、捨てがたいですよ。葉も、命の一部です。花首をつまんで、コップの水に浮かべる。それだけではなく、そこに葉をちょっと添えると、ぐんと違ってくる。花を、命を、愛おしむ心。大切なのは、そして必要なのは、それだけだと思います。
10月18日に、08年のジャパンカップの静岡県予選がスタート。3連覇の期待がかかるところですが、中山さんはこの大会には出場できません。来年の同じ日時に、ジャパンカップのグランドチャンピオン大会があるからです。ジャパンカップの入賞者には、優勝が10点とすると2位は9点というように、ポイントが与えられます。この4年間で獲得した総合点上位10人で競うのがグランドチャンピオン大会で、優勝者は、サッカー同様4年に1度開催されるワールドカップに出場することになります。
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デザインというのは、芸術とは違います。芸術は、ある意味ひとりよがりでもいい。その人が亡くなった後に評価されるということがあってもいい。でも、デザインはその場で、見た人の過半数が「いいね」と言ってくれないと意味がない。僕がやっているのはアートではなく、そのデザインです。ディスプレイでも花束でも何でも、ひとりよがりも多少あるかもしれないけど、みんなが「いい」と言ってくれることを基準にやっているし、そうでないといけないと思っています。ただのバラの花束より、そこに何かを組み合わせたりすることでそっちの方がいいとより多くの人が言ってくれるなら、そうしないといけない。それには、勉強しないといけません。

僕は自分が100%できているなんて、まったく思っていません。もしかしたら、やるべきことの1億分の1しかできていないかしれない。だから、勉強するんです。これでいいと思ったら大間違い。偉そうは言えないですよ。2連覇をしてすごいと言われても、そこが最頂点で完璧だと見る人がいても、僕としてはとんでもないことです。ワールドカップ、いえ、宇宙カップを制覇したというなら、少しは自分で本物だなと思えるかもしれませんけど、そうではないんだから。今はまだまだガキの遊び程度。まだまだ勉強です。死ぬまで勉強ですよ。そのための時間は惜しまないですね。人が寝ているときでも、いろいろ考えたりとか、いろんなことをしているんですよ。
この秋京都で、中山佳巳氏と、同じくジャパンカップ優勝経験を持つ日坂明広氏が、普段は一般公開されていない6千坪の京庭園を舞台に、フラワーエキシビジョンを行います。注目を集める2人のデザイナーと、晩秋の競演です。
晩秋の京庭園花舞台 in 京都「何有荘」
開催日時: 2007年11月10日(土)〜12日(月)
開催場所: 何有荘(かいうそう)京都市左京区
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